If it is supposed to, it will happen. イギリスの大学院で開発学を専攻する学生のブログです。日々感じたことや開発学について学んだことを世界の諺や格言にかけて気楽に綴っています。
Wednesday, 30 May 2012
Life is tough — ルワンダ大虐殺の生存者と出会って
私がボランティアをしているオックスファムショップで、
一人のルワンダ人の女性の方が働いています。
優しくて、穏やかで、とってもチャーミングな人で、
おしゃべりしながら一緒に楽しくレジ打ちをしています。
そんな彼女ですが、実は1994年に出身国ルワンダで起こった大虐殺(ジェノサイド)を、
虐殺の激しかった首都キガリで、奇跡的に生き抜いた歴史の証人です。
「ホテル・ルワンダ」という映画を見た方も多いと思いますが、概要だけ。
ルワンダでは、植民地支配の負の遺産として残ったフツ系の人々による
ツチ系の人々への弾圧が激化し、ついに1994年、過激派フツと彼らによる
市民の煽動により、100日間で80万人のツチと彼らをかばったフツの人々が
虐殺されるという悲劇が起こりました。
この数字は、ヒトラーによるホロコーストを超える人類史上最悪の大虐殺と言われていて、
ルワンダ国内のツチ人口の75%にのぼる人々が命を落としたと言われています。
それが、ガス室や原爆といった装置や近代兵器では無く、
主に斧や銃火器などで行われたというのですから、筆舌に尽くしがたい惨劇です。
今回、彼女が渡英後に書いたという手記が英語で出版されていることを知り、
それを別のオックスファムのスタッフの人から借りて読みました。
「Miracle in Kigali」
http://www.miracleinkigali.co.uk/
内容は非常に厳しいものですが、しかし、彼女の強さを感じさせるものがあり、
言葉に出来ない感情がたくさんこみあげてきました。
簡単にあらすじだけ紹介した後、感じたことを記しておきます。
==============
ツチである彼女が結婚式を挙げた数日後に、キガリでジェノサイドが勃発します。
それより以前に妊娠していた彼女は、街のあちこちで殺戮が行われる中、男の子を出産。
しかし、その直後に、同じくツチだったご主人が、
友人で二人の結婚式にも参列していた人々によって、非情にも殺されてしまいます。。。
幸せのピークから一気に絶望のどん底へ・・・
私自身もまだ新婚(気分)なので、その心の痛みは想像することすらできません。
しかし、その後の彼女は、母の強さといういべきか、実にたくましいのです。
死を覚悟する場面に何度も遭遇しながらも、「数々の奇跡」によって、
無事に保護されるまでの数十日間、息子さんを背負って(おぶって)、逃げ続けます。
そして、事態が収まった後、ふとしたきっかけから、息子さんと共に英国で暮らすことを決意。
エイズ感染の恐怖や虐殺光景のフラッシュバックなど、数々のトラウマに苦しみながらも、
強くたくましく生きていく姿が綴られています。
=============
虐殺の様子はあまりに残酷で目を背けたくなるものですが、
その中で私が印象に残ったのは、彼女が生き抜く間、何人かのフツの人が、
彼女に助けの手を差し伸べたこと(彼女をかくまったり、殺すふりをして逃がしたり、
偽のIDを作ることを手伝ったり、など)について、彼女が記していることです。
「なぜ彼らは私を殺さなかったのか」
そんな問いを、彼女は繰り返しています。
そして、フツの人々の心の中にある良心や、殺戮行為への静かな抵抗といったところに
彼女が思いを寄せているところが、彼女の懐の深さを感じます。
フツの人々もツチを殺すことを嫌がれば自分が殺されてしまう、という
極限状態にあること。その中において、ひそかに彼女を生かそうとした人々。
そして、そうした人々に対する、彼女の考察。
「単に、彼らは殺戮に疲れていただけかもしれない」と
さらりとも書いていますが、人間の尊厳について考えさせられるものです。
どうして彼女が生き残ったのか、偶然か、神が意図したものなのか、誰にも解りません。
ただ、彼女を助けた人々は、きっとシンプルに彼女のことを助けたいと思ったのでは
無いかと思います。
彼女は、控えめで大人しいタイプの方ですが、
一緒にいる人の心を穏やかにするような不思議なオーラがあって、
落ち着きの中に芯の強さを感じさせるような、素敵な人だからです。
* * * * *
読み終わった後に、彼女に一言、「あなたの本、読んだよ」と話しました。
「Thank you」と言ってニコリとする彼女。
しかし、そのあと私は、なんと言葉を発して良いのか、
わからなくなってしまいました。
すでに15年以上も前のこととはいえ、あまりにそのスケールが
自分が今までの人生で経験してきたこととかけ離れていて、
自分の持っているどんなボキャブラリーも、何の役にも立たないように思えたからです。
この一年、開発学を勉強して、途上国の人々が抱える問題について
あれこれと勉強してきたつもりなのに、なんの言葉も出てこないとは・・・。
自分は今まで何の勉強をしてきたのだろうか?と、思ってしまいました。
彼女はふうっとため息をついて「Life is tough.」(人生はタフだわ)と一言。
大学の課題や試験にあーだこーだ文句を言っている学生がぼやく同じセリフに比べて
1000万倍以上の重みが感じられました。
私には到底想像できない恐怖、哀しみ、苦しみを乗り越え、今を生きている彼女。
そのたくましさに、ただ圧倒されながら、
「あなたとこうして一緒に働けて嬉しいよ」と伝えました。
* * * * *
思えば、日本人が見たり聞いたりするアフリカの事件やニュースは
まだまだ欧米のメディアを通して届くことが多いように感じます。
そうしているうちに、「どこか遠い国の野蛮な人たちが戦争している」というイメージを
無意識のうちに持ってしまうのかもしれません。
しかし、それは又聞きの又聞きみたいな情報であって、
こうして、まさに、事件の当事者からの生の声を聞くことは
そのリアリティが全く違うように思います。
日本で言えば、広島や長崎で被爆をされた方のお話を直接聞いたりするのも、
そういった意味があるのだと思います。中学生や高校生の時は、
「教科書に書いてあるんだし、どうしてわざわざ本人の話を聞く必要があるんだろうか」
と、生意気にも考えたりしていました。
でも、大切なことは、単に事実を知ったり数字を覚えたりすることでは無くて、
その本人と向き合ったときに、自分が何を思うか、なのではないかと。。。
インターネットの普及やスマートフォン、フェイスブックなどにより、
私たちは気付かないうちに「自分たちは以前より多くのことを知っている」
「より良い情報に簡単にアクセスできる」という感覚に陥るように思います。
でも、真のリアリティとは、やっぱり「現場」にあるものであって、
情報技術の発展によって、我々が
「より速く、より簡単に、より正しく、物事を理解するようになった」かといえば、
必ずしもそうではないかもしれません。
「より速く、より簡単に」は、そうかもしれませんが、
「より正しい」かどうかは、ツールの発展によってではなく、
結局は、情報を得る側の努力次第という点は、昔も今も変わっていないのではないか。
むしろ、我々が日々無限に流れ込んでくる表面的な情報に甘やかされ、
より「リアリティ」に迫ろうとする努力を怠ってしまうとすれば、
それは警戒しなければならないのかもしれません。
今回は重たい内容でしたが、お読みいただきありがとうございました。
Saturday, 12 May 2012
「親思う心に勝る親心」ー母の日に寄せて
本日のノーリッチはまあまあの晴天。
日差しに誘われて、キャンパス内の湖の周りへ散歩に行ってみました。
空気がひんやりと冷たかったけれど、野花が咲き乱れ、鳥のさえずりが心地良い〜
さて、「家族」と言えば、日本では明日は「母の日」ですね。
ということで、親への感謝の気持ちを表す言葉を探してみました。
「親思う心に勝る親心」
これは、吉田松陰の辞世の句である
「親思ふ心にまさる親心けふの音づれなんときくらん」から。
江戸で罪人として処刑の決まった吉田松陰が田舎の両親に宛てた手紙で詠んだ句とのこと。
「世話になった両親が、自分の処刑の知らせを聞いてどんな気持ちになるだろうか」
・・・という意味なんだそうです。なんか哀しい歌だなぁ。
親の子に対する愛の深さを表現した言葉だけど、
これを子が親に対して詠んでいるところが、またなんというか、
返したくても返しきれない親の恩の深さに対する畏敬の念みたいなものを感じます。
大人になると、若い頃にはあまり感じなかった親への感謝の気持ちというものが、
親の愛を受けて育った人の多くの心に、自然に芽生えるものだと思います。
子どもの頃は、親が自分を守って育ててくれることは当たり前だと思っていたのが、
自分が大人になってみると、誰かを守るってどんなに大変かと言うことに
気付かされるからかもしれないですね。
私の場合、少しオーバーな表現だけど、その絶対的な「無償の愛」の前で、
自分の無力感、みたいなものを覚えることすらあります。
「あー・・・この恩は、一生かけても返せないな・・・」という、まさに完敗!という気持ち。
仏教では、「父母の恩の重きこと、天に極まり無きが如し」とさえ言うんだそうです。
しかし、もらいっぱなしってなんだか気持ち悪いですよね。
人に何か良いことをしてもらったら、何かお返しをしたいと思うのが
モラルある人間の行動ですが、
どんなに返したくても返しきれない恩、こいつはいったいどうしたものか。
・・・私は、別の誰かに与えていく、ということしか思いつきません。
しかし、「返す」とは、「何かをもらった相手に戻す」という意味ですから、
そもそも、「別の誰かに」という時点で、これは厳密には「返した」ことにならないわけで、
そう考えると、やっぱり、「返せない」んでしょうね。親の愛って。
それと同じくらいかそれ以上の愛を次の世代に与えていくべきなんでしょう。
まさに、親の愛とは、生命の営みが成せる驚異であり、
上の世代から下の世代へと延々と流れていく大いなる河のようなものだと思います。
だから、親のことを考えると、やっぱり子どもを産みたい!という考えになります。
偉大な愛の流れを私のところで堰き止めてしまいたくないからです。
一方で、自分の子どもだけにこだわるのではなくて、
より広い社会や人類の発展に貢献していくことも、
親から受けた恩に対する一つの応えにもなりうると思います。
吉田松陰は、29歳で処刑されてしまい、親より先に逝ってしまったという意味では
親不孝者かもしれませんが、彼の強い意志が、その後日本の歴史を変えていった
ことを思えば、彼の成したことも偉大なことだと思います。
ただ、自分がもし彼の母親だったら、どう思ったかな。
日本のために命を捧げた偉大な息子と思うか、
ごく一般的な人間であって良いから、生きていて欲しかった、と思うのか。
しかし、内心で自分がどう思うと、賛成しようと無かろうと、
子どもにどう生きるかという選択の自由を与え、受け止め、無条件にサポートする、
これもまた、驚くべき親の愛の成せるワザだと思っています。
これはかなり上級技だと思うので、全ての人が出来ることでは無いかもしれません。
個人的な話になりますが、私の両親は、そんな両親です。
母親は「私はこう思うけど、最後はあなたの好きなようにしなさい」とよく言ってくれます。
父親は、母親よりは少し心配性だけど、いつでも優しくサポートしてくれます。
(まぁ、さすがに私が処刑されちゃったらイヤだと思いますが・・・)
私は、そんな親の教育方針に非常に感謝しています。
現在も、親のサポートなくしては、留学を実現できるはず無かったし、
留学前のいきなりの結婚だって、びっくりしながらも温かく応援してくれました。
父親、母親の寛大さ、偉大さ、尊さにただただ頭を下げるばかりです。
お母さん、お父さん、本当にありがとう♡
いつまでも元気でいてね!
日差しに誘われて、キャンパス内の湖の周りへ散歩に行ってみました。
空気がひんやりと冷たかったけれど、野花が咲き乱れ、鳥のさえずりが心地良い〜
最近、ウサギの親子をキャンパス内で見かけます。
初々しい?鳥のカップルも寄り添って飛んでいます。
春は、新しい家族の季節なんだなぁと、イギリスの田舎で実感。
ということで、親への感謝の気持ちを表す言葉を探してみました。
「親思う心に勝る親心」
これは、吉田松陰の辞世の句である
「親思ふ心にまさる親心けふの音づれなんときくらん」から。
江戸で罪人として処刑の決まった吉田松陰が田舎の両親に宛てた手紙で詠んだ句とのこと。
「世話になった両親が、自分の処刑の知らせを聞いてどんな気持ちになるだろうか」
・・・という意味なんだそうです。なんか哀しい歌だなぁ。
親の子に対する愛の深さを表現した言葉だけど、
これを子が親に対して詠んでいるところが、またなんというか、
返したくても返しきれない親の恩の深さに対する畏敬の念みたいなものを感じます。
大人になると、若い頃にはあまり感じなかった親への感謝の気持ちというものが、
親の愛を受けて育った人の多くの心に、自然に芽生えるものだと思います。
子どもの頃は、親が自分を守って育ててくれることは当たり前だと思っていたのが、
自分が大人になってみると、誰かを守るってどんなに大変かと言うことに
気付かされるからかもしれないですね。
(勿論、複雑な家庭内環境や家庭内暴力、育児放棄など
個々の家庭にはそれぞれの問題がありますので、一般化はできませんが・・・。)
私の場合、少しオーバーな表現だけど、その絶対的な「無償の愛」の前で、
自分の無力感、みたいなものを覚えることすらあります。
「あー・・・この恩は、一生かけても返せないな・・・」という、まさに完敗!という気持ち。
仏教では、「父母の恩の重きこと、天に極まり無きが如し」とさえ言うんだそうです。
人に何か良いことをしてもらったら、何かお返しをしたいと思うのが
モラルある人間の行動ですが、
どんなに返したくても返しきれない恩、こいつはいったいどうしたものか。
・・・私は、別の誰かに与えていく、ということしか思いつきません。
しかし、「返す」とは、「何かをもらった相手に戻す」という意味ですから、
そもそも、「別の誰かに」という時点で、これは厳密には「返した」ことにならないわけで、
そう考えると、やっぱり、「返せない」んでしょうね。親の愛って。
もちろん、老後の介護はしっかりとやりたいと思っていますので、
まったく恩を返せないわけでは無いかもしれませんが、
むしろ、この親から受けた愛に対しては、それと同じくらいかそれ以上の愛を次の世代に与えていくべきなんでしょう。
まさに、親の愛とは、生命の営みが成せる驚異であり、
上の世代から下の世代へと延々と流れていく大いなる河のようなものだと思います。
だから、親のことを考えると、やっぱり子どもを産みたい!という考えになります。
偉大な愛の流れを私のところで堰き止めてしまいたくないからです。
一方で、自分の子どもだけにこだわるのではなくて、
より広い社会や人類の発展に貢献していくことも、
親から受けた恩に対する一つの応えにもなりうると思います。
吉田松陰は、29歳で処刑されてしまい、親より先に逝ってしまったという意味では
親不孝者かもしれませんが、彼の強い意志が、その後日本の歴史を変えていった
ことを思えば、彼の成したことも偉大なことだと思います。
ただ、自分がもし彼の母親だったら、どう思ったかな。
日本のために命を捧げた偉大な息子と思うか、
ごく一般的な人間であって良いから、生きていて欲しかった、と思うのか。
しかし、内心で自分がどう思うと、賛成しようと無かろうと、
子どもにどう生きるかという選択の自由を与え、受け止め、無条件にサポートする、
これもまた、驚くべき親の愛の成せるワザだと思っています。
これはかなり上級技だと思うので、全ての人が出来ることでは無いかもしれません。
個人的な話になりますが、私の両親は、そんな両親です。
母親は「私はこう思うけど、最後はあなたの好きなようにしなさい」とよく言ってくれます。
父親は、母親よりは少し心配性だけど、いつでも優しくサポートしてくれます。
(まぁ、さすがに私が処刑されちゃったらイヤだと思いますが・・・)
私は、そんな親の教育方針に非常に感謝しています。
現在も、親のサポートなくしては、留学を実現できるはず無かったし、
留学前のいきなりの結婚だって、びっくりしながらも温かく応援してくれました。
父親、母親の寛大さ、偉大さ、尊さにただただ頭を下げるばかりです。
普段は陰ながら応援し、困ったときは手をさしのべてくれる両親。
私もそんな母親になりたいものです。お母さん、お父さん、本当にありがとう♡
いつまでも元気でいてね!
Saturday, 5 May 2012
Conosco i miei polli. - I know my chicken. イタリア・トスカーナの旅
5月1日、大学院の試験が無事終了!!
なので、滞っていたブログ更新を再開。
それにしても、このブログ、改行すると不自然に間隔を開けられてしまい、
レイアウトが美しくなく、大変不快だ・・・なんとかならないのだろうか。
読みづらくてごめんなさい。設定が悪いのかなぁ・・・。
* * * * *
今回のテーマは、試験前に行ったイタリア・トスカーナ旅行。
6年前に日本で会ったイタリア人の友人宅に居候しつつ、
彼女の住むピサを起点にトスカーナ州の主要都市を巡ることに。
* * * * *
まずは諺から。
タイトルの言葉は、滞在中に友人が使っていたSaying。
彼女の友人で、道中ずっと一緒にガイドをしてくれた人が
待ち合わせに遅刻したときに彼女がぼやいた一言。
"Conosco i miei polli."
直訳すると「I know my chicken 私は自分の鶏のことを知っている」。
自分がよく知っている人(同僚や友人)が何かをしでかしても、
予想の範囲内だから驚かないわよ〜
・・・という意味らしい。
人をチキン扱いしながらも、親しみがこもった言葉だなぁと、
妙に気に入ってしまったので、メモメモ。
(その時は思わず爆笑したが、そのときのニュアンスを伝えるのって
今になると難しい・・・そういうことってありますよね・・・)
いつか使える機会があると良いな〜。
恐らく、うちの旦那さんが最初のターゲットになるでしょう(笑)。
* * * * *
続いて、旅のスナップショット編。
因みに、詳細な旅日記を別のブログにつけてます。
もし、ご興味のある方がいらっしゃれば、各リンクも併せてどうぞ。
初日は、ピサ。あまりにも有名なピサの斜塔
(この角度からの写真だと、あまり傾いて見えないな・・・)
個人的には、塔のデザインの美しさにほれぼれ。
翌日は、城壁が有名なルッカという街へ
ピサから車か電車で30分くらい?の小さな街。
日本人にはあまり知られていない穴場だが、美しい街並みの残るオススメスポット。
ファロという麦の入ったスープが美味しかった。
3日目は、美しい街並みが有名なシエナへ
シンボルのカンポ広場にある「マンジャの塔」からの眺めは圧巻(下写真)。
右奥に見える大聖堂は、ファサードも内部もかなりゴージャスだった。
4日目は、トスカーナ最大都市、花の都フィレンツェへ
どこよりも、観光地×観光地していた。
個人的には、メディチ家の権力の中心地として、訪れた意義は深かった。
そして、ウフィツィ美術館の名画コレクションは、やっぱり素晴らしかった。
最終日の備忘録。
やっと気持ちよく晴れた。
* * * * *
最後に、カトリック教会とその建築への考察を少し。
主に4つ書き留めておこう(センタリングは読みにくいので終了)。
1.カトリック教会の影響力と政治権力
「ローマにパパ様にいらっしゃる!」ことを考えれば至極当然のことだが、
やはりカトリックの影響力が他のヨーロッパ諸国に比べてかなり色濃い。
イタリアが権勢を誇った時代=カトリックの全盛期だから、すべてが豪華で煌びやか。
そして、当時の政治権力と教会勢力の結びつきもかなり強い。
都市国家の権力の大きさ=大聖堂の大きさという図式もかなりクリア。
メディチ家は、一族から教皇になる人も出るくらいだしな。
それから、それぞれの教会の商売根性もすごいと思った。
(イギリスのセント・ポール大聖堂と良い勝負だ)
2.カトリックの聖母信仰の強さ
これは、イギリスやドイツなどプロテスタントが主流の国では
あまり感じなかったことなのでちょっと驚いた。
教会に描かれた絵でも、ウフィツィのコレクションでも、
マリア様が「どどーん」と女王様のように構図の中心に位置していて、
その腕に抱かれている赤ちゃんのキリストが、まるでおまけみたいな感じだ。
(夫のヨセフの存在感にいたっては、ほとんどなし)
マリアの死後の被昇天についての描写が多いのもびっくりだった。
彼女の被昇天がカトリックの教義になっているとは、これまで知らなかった。
このマリア信仰がどこから来たのか、もっと勉強しよう〜と思った。
今のところ、個人的には、マリアって「母性」と「ヴァージン」という
男性の2つの願望を満たす理想の女性像、というようにしか思えないのだけど・・・
これにはもっと知識が必要だから、安易なコメントは控えるべし。
3.教会建築とアラブ文化
これは今回の新発見。
十字軍がエルサレム奪還のためにアラブ勢力と闘った際に、
アラブの文化や建築技術などをあれこれと持ち帰ったらしい。
ピサ、シエナの教会に見られる白黒ストライプは思わずびっくり。
当時の西側から見れば、イスラムは政治的にも大きな脅威であると同時に、
先進的な文化を有していると考えられていたから、
その文化を取り込むという積極的な態度があったのだろうか。
スペインのアルハンブラ宮殿がしばしば西洋におけるイスラム文化!と言うけれど、
それよりももっと昔に、しかもカトリックの本拠地(しかしフロンティア)で、
東西の衝突の中で、文化の融合が育まれていたというのは興味深い。
4.教会建築の奥深さ
最後に、ビザンチンとかゴシックとかルネサンスとかネオゴシックとか、
自分は基本的な知識しか無いけれど、もっと建築史や美術史の知識を深く身に付ければ
ヨーロッパの旅はもっともっと楽しくなると思った。
たまにヨーロッパを旅行して「どこの教会も同じ」と言っている人がいるけど、
もっとその土地の歴史とか、教会の宗派とか、建築デザインの変遷とか
注意深く観察するとそれぞれの違いが見えてきて、面白くなるのでは?と思う。
もちろん自分も含めて。もっと勉強しましょう。
例えば、ビザンチン様式とゴシック様式では、十字架の上のキリストの表情一つとっても
かなり違う。
それはキリストの神性と、人間性とどちらを強調するかについて異なる見解があるからだそうだ。
先に述べた、マリアの描かれ方の違いなんかも、個人的にはかなり面白い。
また、フィレンツェの大聖堂は外部と内部でかなりデザイン性が違うが、
これは、外壁を先に作った当時は荘厳なゴシック様式が流行りだったものの、
内部の建築に着手する頃には、すでに数百年の時が流れていて、
時代のトレンドはよりシンプルなものに変わっていたとか・・・。
数百年にまたがる大プロジェクトだからこそ起こる現象なんだろうな。
* * * * *
以上、勝手気ままなイタリア旅行記でした。
5月は比較的時間があるので、ちょこちょこ更新する予定(=目標!)
Saturday, 14 April 2012
How many birds ... with one stone? ー 社会を良くする多機能チャリティ!
・・・前々回、前回に引き続き、私がボランティア中のチャリティショップのお話です。
前回の最後に、次回予告として
「このチャリティショップの利益を上げるにはどうしたら良いのかを考えます」
みたいなことを書きましたが、
いろいろ考えているうちに、内容がつまらなくなりそうな気がしたので作戦変更です。
* * *
そこで、今日考えるのは「多機能的なチャリティー活動」についてです。
これまでは、チャリティーショップの目的を「中古品を売ってその利益を慈善活動に充てる」
ことに限定してお話してきましたが、
実はそうでもないんですよ、むしろそうじゃない方が良いんじゃないか、という話です。
そこで本日のタイトルは、日本語ではおなじみの「一石二鳥」ですが、
もともとはこれも英国の諺だそう。
オリジナルは、文字通り「Kill two birds with one stone」です。
「ちょっとKillなんて野蛮な・・・」と別の選択肢を探したんですが、
残念なことに、世界でもこの言葉のままが多いようで、あな恐ろし。。。
せめて「一石二鳥」と遠隔表現している日本語は、素晴らしいなと思いました。
さて、日本でも、「一石二鳥」を「三鳥」、「四鳥」と増やして、
1つの行動で2つ以上の目的を達成できる様子を表現しますよね。
チャリティーショップの持つ多機能とは?
チャリティーショップはどのような点で、社会の役に立っているのでしょうか?
発展途上国の貧困削減や女性の権利向上、地震や洪水などの自然災害への緊急援助に
充てられます。
2.リサイクルの促進
第二に、オックスファムのチャリティショップ=リサイクルショップですから、
ゴミの減量、環境への負荷軽減というメリットがあります。
勿論、中古品を手放す人にとっては、日本でいう「ブックオフ」さんみたいなところに
持っていけば、現金で引き取ってくれますので、その方が儲けが出て嬉しいですが、
ブックオフでは、本しか引き取ってくれませんよね。
服は服屋へ、家電は家電屋へ・・・と持っていくといちいちめんどくさいので、
一度にいらないモノを処分したい!お金はいらないから!でも捨てるのは環境に良くない・・・
という人にとって、なんでも(除:家電?)無料で受け取ってくれるうちのような
ショップはすごく便が良いのだと思います。
良くマイカーでお店の前まで来て、大量の品を寄付されていく方が多いです。
一方で、購入者にとっては、中古品ではあるけれど、安くて良い品が出に入れば、
嬉しいですよね。
そうした意味で、チャリティショップは地域のリサイクル活動に
一役買っている訳です。
3.地域コミュニティー作り、自立支援
一方で、チャリティーショップは働く人にもメリットがあります。
ノーリッチのオックスファムショップでは、色々な人がボランティアをしています。
一番多いのは、ご退職後のおじいちゃん、おばあちゃん達ですが、
皆さんとてもエネルギッシュで、ばりばり働いています。
そして、世間話をしたり、お互いの健康を気遣ったり、言ってみれば良い社交の場に
なっているんですね。
ノーリッチでは高齢化も一つの問題になっていると聞いたことがありますので、
そういった意味で、地域のコミュニティーとして機能しているんだと感じています。
高齢者の方だけで無く、体に一部障碍のある方も裏方さんとして活躍しています。
一時的に職が無いという方も「何もしないでいるよりは」と言ってボランティアに
来ています。これは偉いなぁと思いました。
私のような英語のへたくそな留学生にとっても、地元の方と接して英語を練習する絶好の機会です。
(今でも、お客さんに難しい質問をされるとどきまぎしていますが・・・)
そして、皆さん誇りを持って仕事をしているように見えます。
これはオックスファムの活動に強く賛同しているからに他なりませんが、
一方で、オックスファムの持っているブランド力も大きいと思っています。
私も、自分の履歴書に「オックスファムでボランティアをしてました」と書けるのは、
打算的ですが、一つのメリットです。
* * *
これらの機能が、相互に上手く作用して、チャリティショップが成り立っているんだと思います。
チャリティショップの営業活動に対して、
第2のメリットが、仕入原価の低下というメリットをもたらし、
第3のメリットが、労働力を無料で提供する、
その結果、第1の目標である支援活動の資金が増える、というわけですね。
そして、それがオックスファムの現地での支援活動を充実させ、
支援する人、寄付する人、ボランティアする人をもっと嬉しい気持ちにするというサイクル。
=ちょっとしたボランティア論とチャリティの「仕組み作り」=
ところで、ボランティアさんは「安価な労働力」と捉えるべきでしょうか?
私の考えは、ボランティアさんはお金に換算すると「安価」なのかもしれませんが、
有能で「継続的に」活動してくれるボランティアさんを集めるには、
その団体をお金以外の面で「魅力的な場所」にしなければいけないと思います。
つまり「やりがい」とか「社会の役に立っている意識」とか「友達が出来る」とか
「勉強になる」とか、そういう活動に参加する人にとってのメリットです。
これは、また機会があれば書きたいと思っていますが、
国際協力やボランティア活動は、見返りを求めない無償の愛!を持たなければならない、
あるいは、そういう意識の高い人たちがやっていることで、自分にはとても真似できない、と
思っている人がいるかもしれませんが、私は必ずしもそうではないと思っています。
これは道徳的・倫理的に難しい議論になるのでもっと勉強しなければいけませんが、
上記であえて「継続的なボランティアさん」と書いたのは、
人は「何かを継続するのが苦手な生き物」だと思うからです。
多くの人は、少なくとも"一時的には"、見返りを求めずに誰かを助けることが出来る
優しい心を持っていると私は思っています。
しかし、それを継続することは、簡単ではありません。
私も含めて、多くの人は、誰かに対して「無償の愛」をいつまでも
与え続けることは、結構至難の業なんではないでしょうか。
それが大事なことと、わかっていても、です。
私たちの多くは、「熱しやすく冷めやすい、忘れていく生き物」だからです。
もちろん、今でも震災復興のために、日々尽力をされている方々がいます。
だから、「無償の愛で活動できる人しかボランティアしてはいけません」と限定してしまったら、
多くの、私のような意志の弱い人間は、チャリティには参加する資格が無いことに
なってしまいます。
でも、それが本当に良いことでしょうか?
理想を突き詰めてごく一部の人でがんばることと、現実的に多くの人を活動に巻き込んでいくことは、
どっちが良い結果を生むのでしょうか?
私は、世界をもっと良くするためには、今よりもっとたくさんの人の力が必要だと考えています。
だから、もっと多くの人を巻き込んでいくためには、多くの人が参加できるような
「社会を良くする仕組み」を作ることが大切なんじゃないかと最近ぼんやり考えています。
今話題になっている「ソーシャルビジネス」や「BOPビジネス」に繋がる議論ですが、
寄付やAidといった一方的な支援に頼ったものではなく、
支援する側もメリットを得る(=収益を得る or やりがいを得る or 友達を得るor 誇りを得る)
「好循環の仕組み」を作ることが継続的な成功の秘訣なのでは無いかと思っています。
* * *
なんだか偉そうなことを色々と書いてしまいましたが、
私もまだまだ勉強中です。
次回以降は、ちょっと開発関係のテーマから離れて、
気楽な内容を書いてみようかなと思います。
前回の最後に、次回予告として
「このチャリティショップの利益を上げるにはどうしたら良いのかを考えます」
みたいなことを書きましたが、
いろいろ考えているうちに、内容がつまらなくなりそうな気がしたので作戦変更です。
* * *
そこで、今日考えるのは「多機能的なチャリティー活動」についてです。
これまでは、チャリティーショップの目的を「中古品を売ってその利益を慈善活動に充てる」
ことに限定してお話してきましたが、
実はそうでもないんですよ、むしろそうじゃない方が良いんじゃないか、という話です。
そこで本日のタイトルは、日本語ではおなじみの「一石二鳥」ですが、
もともとはこれも英国の諺だそう。
オリジナルは、文字通り「Kill two birds with one stone」です。
「ちょっとKillなんて野蛮な・・・」と別の選択肢を探したんですが、
残念なことに、世界でもこの言葉のままが多いようで、あな恐ろし。。。
せめて「一石二鳥」と遠隔表現している日本語は、素晴らしいなと思いました。
さて、日本でも、「一石二鳥」を「三鳥」、「四鳥」と増やして、
1つの行動で2つ以上の目的を達成できる様子を表現しますよね。
チャリティーショップの持つ多機能とは?
チャリティーショップはどのような点で、社会の役に立っているのでしょうか?
1.慈善活動の収益金になる
第一に、これは今までお伝えしてきたとおり、チャリティショップの収益金は、発展途上国の貧困削減や女性の権利向上、地震や洪水などの自然災害への緊急援助に
充てられます。
この活動趣旨に賛同する人が、自分の品を寄付したり、ボランティアしたり、
商品を買ったりしてくれるわけですね。
2.リサイクルの促進
第二に、オックスファムのチャリティショップ=リサイクルショップですから、
ゴミの減量、環境への負荷軽減というメリットがあります。
勿論、中古品を手放す人にとっては、日本でいう「ブックオフ」さんみたいなところに
持っていけば、現金で引き取ってくれますので、その方が儲けが出て嬉しいですが、
ブックオフでは、本しか引き取ってくれませんよね。
服は服屋へ、家電は家電屋へ・・・と持っていくといちいちめんどくさいので、
一度にいらないモノを処分したい!お金はいらないから!でも捨てるのは環境に良くない・・・
という人にとって、なんでも(除:家電?)無料で受け取ってくれるうちのような
ショップはすごく便が良いのだと思います。
良くマイカーでお店の前まで来て、大量の品を寄付されていく方が多いです。
一方で、購入者にとっては、中古品ではあるけれど、安くて良い品が出に入れば、
嬉しいですよね。
そうした意味で、チャリティショップは地域のリサイクル活動に
一役買っている訳です。
3.地域コミュニティー作り、自立支援
一方で、チャリティーショップは働く人にもメリットがあります。
ノーリッチのオックスファムショップでは、色々な人がボランティアをしています。
一番多いのは、ご退職後のおじいちゃん、おばあちゃん達ですが、
皆さんとてもエネルギッシュで、ばりばり働いています。
そして、世間話をしたり、お互いの健康を気遣ったり、言ってみれば良い社交の場に
なっているんですね。
ノーリッチでは高齢化も一つの問題になっていると聞いたことがありますので、
そういった意味で、地域のコミュニティーとして機能しているんだと感じています。
高齢者の方だけで無く、体に一部障碍のある方も裏方さんとして活躍しています。
一時的に職が無いという方も「何もしないでいるよりは」と言ってボランティアに
来ています。これは偉いなぁと思いました。
私のような英語のへたくそな留学生にとっても、地元の方と接して英語を練習する絶好の機会です。
(今でも、お客さんに難しい質問をされるとどきまぎしていますが・・・)
そして、皆さん誇りを持って仕事をしているように見えます。
これはオックスファムの活動に強く賛同しているからに他なりませんが、
一方で、オックスファムの持っているブランド力も大きいと思っています。
私も、自分の履歴書に「オックスファムでボランティアをしてました」と書けるのは、
打算的ですが、一つのメリットです。
* * *
これらの機能が、相互に上手く作用して、チャリティショップが成り立っているんだと思います。
チャリティショップの営業活動に対して、
第2のメリットが、仕入原価の低下というメリットをもたらし、
第3のメリットが、労働力を無料で提供する、
その結果、第1の目標である支援活動の資金が増える、というわけですね。
そして、それがオックスファムの現地での支援活動を充実させ、
支援する人、寄付する人、ボランティアする人をもっと嬉しい気持ちにするというサイクル。
=ちょっとしたボランティア論とチャリティの「仕組み作り」=
ところで、ボランティアさんは「安価な労働力」と捉えるべきでしょうか?
私の考えは、ボランティアさんはお金に換算すると「安価」なのかもしれませんが、
有能で「継続的に」活動してくれるボランティアさんを集めるには、
その団体をお金以外の面で「魅力的な場所」にしなければいけないと思います。
つまり「やりがい」とか「社会の役に立っている意識」とか「友達が出来る」とか
「勉強になる」とか、そういう活動に参加する人にとってのメリットです。
これは、また機会があれば書きたいと思っていますが、
国際協力やボランティア活動は、見返りを求めない無償の愛!を持たなければならない、
あるいは、そういう意識の高い人たちがやっていることで、自分にはとても真似できない、と
思っている人がいるかもしれませんが、私は必ずしもそうではないと思っています。
これは道徳的・倫理的に難しい議論になるのでもっと勉強しなければいけませんが、
上記であえて「継続的なボランティアさん」と書いたのは、
人は「何かを継続するのが苦手な生き物」だと思うからです。
多くの人は、少なくとも"一時的には"、見返りを求めずに誰かを助けることが出来る
優しい心を持っていると私は思っています。
しかし、それを継続することは、簡単ではありません。
私も含めて、多くの人は、誰かに対して「無償の愛」をいつまでも
与え続けることは、結構至難の業なんではないでしょうか。
それが大事なことと、わかっていても、です。
私たちの多くは、「熱しやすく冷めやすい、忘れていく生き物」だからです。
もちろん、今でも震災復興のために、日々尽力をされている方々がいます。
そうした方々の話を聞くと、心から尊敬の念を抱きます。
でも、残念なことに、それは全ての人ができることではありません。
だから、「無償の愛で活動できる人しかボランティアしてはいけません」と限定してしまったら、
多くの、私のような意志の弱い人間は、チャリティには参加する資格が無いことに
なってしまいます。
でも、それが本当に良いことでしょうか?
理想を突き詰めてごく一部の人でがんばることと、現実的に多くの人を活動に巻き込んでいくことは、
どっちが良い結果を生むのでしょうか?
私は、世界をもっと良くするためには、今よりもっとたくさんの人の力が必要だと考えています。
だから、もっと多くの人を巻き込んでいくためには、多くの人が参加できるような
「社会を良くする仕組み」を作ることが大切なんじゃないかと最近ぼんやり考えています。
今話題になっている「ソーシャルビジネス」や「BOPビジネス」に繋がる議論ですが、
寄付やAidといった一方的な支援に頼ったものではなく、
支援する側もメリットを得る(=収益を得る or やりがいを得る or 友達を得るor 誇りを得る)
「好循環の仕組み」を作ることが継続的な成功の秘訣なのでは無いかと思っています。
* * *
なんだか偉そうなことを色々と書いてしまいましたが、
私もまだまだ勉強中です。
次回以降は、ちょっと開発関係のテーマから離れて、
気楽な内容を書いてみようかなと思います。
今回も読んで下さり、ありがとうございました。
ノーリッチに住んでいるUEA学生の皆さん、お時間があれば、
ぜひショップに遊びに来て下さいねー^^ 美味しいドライマンゴーが待ってます☆
ノーリッチに住んでいるUEA学生の皆さん、お時間があれば、
ぜひショップに遊びに来て下さいねー^^ 美味しいドライマンゴーが待ってます☆
Sunday, 8 April 2012
Money doesn't grow on trees. チャリティショップの懐事情
今日は、前回に続き私がボランティアをしているチャリティショップについてですが、
「果たしてチャリティショップは実際儲かっているのだろうか」ということについて考えてみたいと思います。
(なんか最近、「ことわざ」に関する既述がほとんど無くなってきたので、そろそろ方向修正しないと・・・と思いつつ、とりあえずは開発関係の記事を書いちゃいます)
NGOの存在目的はより良い社会を実現することですから、
企業のようにお金儲けをすることが最終目的ではありませんが、
前回も書いたように、その活動を継続するためのファンドレイジングは非常に重要です。
英語でも「Money doesn't grow on trees」(お金は木にならない)という諺があります。
それはNGOにとっても同じです。いかに崇高な理念があっても、
活動資金が無ければその目標を実現することはできないですから、
いかに活動資金を調達するかは、文字通りNGOの生命線です。
NGOやNPOの資金集めは大きく3種類に分かれると考えています。
1.民間(個人や法人)からの寄付
2.政府や公的機関からの補助金
3.独自に営業活動を行い、その収益を活動資金に充てる
チャリティショップは、もちろん3番目「いらなくなったものを無料で寄付してもらい、
それを売った収益を慈善活動に充てる」という活動を行っているところです。
(蛇足ですが、NGOは銀行からの借り入れをすることはほとんど無いと思います。もしそのような例を知っている方がいれば、興味深いのでぜひ教えてください!)
私の働いているノーリッチショップの店舗別損益状況についての情報が、
手に入れば一番面白いのですが、残念ながら私はそこまで経営の中枢に関わっていないので、
Oxfam GB(英国オックスファム)が発行している年間レポートを見てみることにしましょう。http://www.oxfam.org.uk/resources/downloads/reports/report_accounts10_11.pdf
まず、2010年度のオックスファムの総収入は、367.5百万ポンド、
日本円に換算すると(1ポンド=130円)477.8億円。めちゃくちゃでかい!
その収入のバランスがどうなっているのか、下の円グラフ見てみますと
1)ピンク = 民間寄付(+相続財産?)→ £101.2m (131億円)
2)イエロー = 公的機関からの寄付 → £136.1.2m (181億円)
3)レッド(+濃いグリーン)→ 営業活動からの収入= £85.9m(112億円)
この円グラフを見ると、1,2,3が素晴らしいほどにバランスが取れていて
オックスファム、さすが、安定的な財務基盤があるなぁ、と見えます。
が、実際このグラフはあまり事実を表していません、というかむしろ誤解を招きます、
なぜなら、それぞれにかかるコストを差し引いていないからです。
というわけで、コストを差し引いて最終的にチャリティ活動に使われる金額にしてみると
(寄付の公的・民間のコスト内訳は資料がありませんでしたのでまとめました)つまり何が言いたいかというと、実際のところ、
営業活動(チャリティショップ)の収益はオックスファムの活動資金の10%未満であり、
援助活動のための資金のほとんどは寄付で成り立っていると言うことです。
うーん、ちょっとがっかり?と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
たしかにその収益の貢献度には限界があるかもしれませんが、すごいのはその収益率です。
売上£85.9mに対して、ネット収益が£20.9mですから、
収益率はなんと、24.3%ということになります。
(利息払いor運用収益、特別利益or損失、税金の支払いなどが無いとすれば、営業利益≒経常利益≒当期利益になりますが、ここではざっくり営業利益に近いという感覚で捉えます。店舗の減損とかあるのかもしれませんが・・・)
収益率24.3%がどれくらいすごいことかというと、
日本の小売業界の平均営業利益率は2.1%だそうですから(出典:経産省)、
同じ売上に対して12倍くらい利益が出ると言うことですね。
この高収益率の理由こそ、まさに「チャリティーパワー」です。なぜなら、
・寄付される中古品については、仕入れ価格が「ゼロ」である。(原価ゼロ!)
・ボランティアさんの人件費が「ゼロ」である。(人件費ゼロ!)
だからです。
しかし、原価もほぼゼロで人件費もほぼゼロなのに、
コストが£65mもかかっているというとことが、なんだ腑に落ちませんなぁ。
とりあえず・・・もうちょっと詳しく見てみることにします。
前回でお話ししたように、オックスファムのチャリティショップでは、
主に2種類の商品を扱っています。
1)寄付されたもの(洋服や本、家具)
2)フェアトレード商品(チョコやマンゴー)やオリジナルグッズ(クリスマスカード等)です。
1については仕入れは完全にゼロですが、2は当然仕入れにコストがかかります。
また、人件費も有給のスタッフさんがいますので、完全にゼロではありません。
それ以外に店舗にかかる費用としては、家賃とか、光熱費がありますね。
そこで、1と2の売上とコストをそれぞれ見てみると・・・
なんと、ちょっとこれはびっくりだったのですが、仕入商品部門は赤字だったんですね〜
ちなみに前年度は、とんとんくらいだったようです。
つまり、寄付品部門はちゃんと利益を確保しているが、
仕入商品部門がいまいち利益に貢献していないということですねー。
しかし残念ながらそれぞれの費用の細かい内訳については、これ以上データが公表されていません。
* * *
ここからちょっと、2.仕入れ部門の損益分岐点分析です。
財務分析に興味の無い方は、結論だけ読んでください。
費用分析で重要なことは変動費(売上によって変化する費用)と固定費(売上に関係なく発生する費用)を見分けることですが、通常、変動費の多くは仕入れにかかる費用ですので、
仕入れ価格がゼロである1.寄付品部門の総費用£53.7mは、ほぼイコール固定費(人件費、店舗運営費)だと推測されます。そこで、店舗全体にかかる固定費が、おそらく1と2の間で売上の割合で按分されていると推測し逆算すると、2.仕入れ部門の総費用£11.3mの内訳は、固定費は£6.8m、変動費が£4.5m。その結果、仕入商品部門が黒字になるには£12.8mくらいの売上が必要という計算結果になりました。
結論を言うと、オックスファムのチャリティショップに行ったときに、
フェアトレード商品やギフトカードを買うとお店が損すると言うことではありません。
むしろ、いっぱい買って下さい!そうすれば、黒字になります^皿^
* * *
ところで固定費の内訳について考えると、スタッフさんの人数や店舗数を勘案するに、
おそらく非常の半分くらいは人件費なのではないかと考えています。
あとは店舗の家賃ですかねぇ。うーん。
また、これは次回詳しく書く予定ですが、
店舗あたりの売上がいまいち低いのでは無いかと考えています。
・・・
そろそろ授業の課題のエッセイに戻りたいと思いますで今日はこの辺にします。
次回は、このチャリティショップがどうすればもっと利益が上がるかについて、
考えてみたいと思います。
今回も読んで下さり、ありがとうございました。
Tuesday, 3 April 2012
Be Humankind. 英国最大級NGOのチャリティショップにて
今日は、私が昨年の10月からボランティアをしている、地元のチャリティショップについてのお話です。
このチャリティショップは、発展途上国の様々な問題を解決するために世界的規模で活動しているOxfamというNGOが運営しています。主に災害に対する緊急人道支援、貧困撲滅、女性の権利向上といった問題に力を入れて活動している世界的に有名な団体です。
今日のタイトルの「Be Humankind.」(人間になろう)は、そのOxfamのキャッチフレーズ。
残念ながら、特にどこかの名言ではないと思いますが、Human beingとせずにHuman "kind" (=優しい)としているところが、ミソなんだと勝手に解釈しています。
細かいことですが、Oxfam Internationalという世界的な元締め(?)が存在し、各国にその現地の団体として「Oxfam. ~~」として組織が存在しています。なので、私が働いているのは「Oxfam GB」(GB=Great Britain=イギリス)。HPによれば、英国国内に700箇所近い店舗を持っているとか・・・本当か?そして私の働いているノーリッチのチャリティショップは、(スタッフさんによれば)全国で第3位の売上なんだそうです・・・本当か????
概観はこんな感じです。結構大きい!
ちなみに、日本にも「オックスファム・ジャパン」さんがあって、3月1日に常設店がオープンしたそうです。めでたい!ぜひ行ってみてください。http://oxfam.jp/2012/02/post_438.html
NGO(あるいはNPO)活動したことのある方には釈迦に説法で恐縮ですが(むしろ読み飛ばして!)、NGOの活動には二つの側面があります。一つは、支援活動(あるいはその団体がミッションとして掲げている活動)をするというアウトプットの面で、NGOは勿論その社会的使命のために存在しているのです。しかし、もう一つの側面として活動に必要となる資金を集めることも、NGOの生命線として非常に重要です。途上国の現場での支援活動はいわば花形ですが、その裏方としての先進国でのファンドレイジングをダサいとか地味だとか思って軽視しては絶対にいけませんぞ!!
かなり前置きが長くなりましたが、そんなチャリティショップとは何をしているか。基本的にチャリティショップとは、「中古品をただで寄付してもらう」→「値段を付けて売る」ということをしています。で、その収益から運営コストを差し引いた利益は全て援助のための活動資金に充てられるということですね。
Oxfam shopでは、おもちゃ、本、服、ソファ、テレビゲームソフトに至るまで、どんな寄付でも基本的に受け取っています(たしか家電は受け付けないと言っていたかな?)。で、それを売れるもの、売れないものに仕分けし、値札を付けて店頭に並べます。
これは、寄付された品々が置かれている場所。結構、すさまじいですよね。
この「宝の山」と格闘するのが、私を含めたボランティアさんのお仕事です。
服やカーテンなら素材やブランドをチェックし、本なら今でも店頭に並んでいる最新のものか、そうでないかなどを一つ一つチェックして、きれいにして、値段を付けていきます。
で、ショップに並べるとこんな感じになります。ほんと、なんでもかんでも売ってる雑貨屋さんって感じで、ふらふら店内を見ているだけでも結構楽しいですよ^^
中古品以外に、フェアトレードの食べ物や石けんなども取り扱っています。
私のお気に入りは、ブルキナファソ産のドライマンゴーです。程良い甘さで、癖になりますよ!(・・・歯に詰まるけど)
チャリティショップの運営は、3つのタイプの人々の協力によって成り立っています。第一に寄付をしてくれる人、第二にそれを仕分けて売るボランティアさん、第三にそれを買ってくれるお客さん、です。
働いていて感じることは、当初思っていた以上に「寄付が多い」そして「客が多い」ということです。チャリティショップって、正直言って初めシャビ—なイメージがあったのですが、それは私の間違いでした。近所に住んでいる人々が、お家でいらなくなったものを「せっかく捨てるくらいなら・・・」といって持ち込んでくださる、いわゆる「Mottainai!」が驚くほど自然に定着しているんです。中にはガラクタやとても売れないものもありますが・・・こないだ、電話で「うちの車を寄付したい」という電話がかかってきたときはびっくりしました。一方で、お客さんも日々たくさん来ます。レジに列が出来ることもしばしばです。もちろん安くて良い品が揃っているからこそ足を運んでくださるのですが、「せっかく買うなら寄付になるところで」といって、わざわざフェアトレードのコーヒーやチョコを買いに来てくれるお客さんもいます。ちなみにOxfam Shopはイギリスの中古本市場において最大のプレーヤーなんだそうです。チャリティーパワー、恐るべし!!
スタッフさんに関して言えば、全員に会ったことはありませんが、恐らく40人近いボランティアさんが活動しているのでは無いかと思います(有給スタッフは恐らく3名)。定年退職後のおじいちゃん・おばあちゃんが多いですが、快活でエネルギッシュな方ばかりで、若者の私がいつも刺激を受けてます笑。ちょっとした老人会みたいになっていますが、それも地元のコミュニティとしてうまく機能しているんだな、という印象を受けています。
* * * *
ノーリッチにお住まいの皆さん、お近くに来た際にはぜひお立ち寄りください☆ノーリッチのOxfam Shopは3箇所もあるそうなんですが、私が働いているのは一番大きいMagdalen Streetという通りにあるお店です。大聖堂から歩いて5分くらいのところです。
Oxfam Shop 8/10 Magdalen Street Norwich NR3 1HU
それから、もし「チャリティショップでボランティアをしてみたい」という方がいれば、ご紹介できますので、ご連絡ください☆
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
次回は、元銀行員らしく、そんなOxfam GBの財務分析にチャレンジしようと思います!
このチャリティショップは、発展途上国の様々な問題を解決するために世界的規模で活動しているOxfamというNGOが運営しています。主に災害に対する緊急人道支援、貧困撲滅、女性の権利向上といった問題に力を入れて活動している世界的に有名な団体です。
Oxfamの活動についてはこちら。/http://www.oxfam.org.uk/oxfam_in_action/(英語です)
残念ながら、特にどこかの名言ではないと思いますが、Human beingとせずにHuman "kind" (=優しい)としているところが、ミソなんだと勝手に解釈しています。
細かいことですが、Oxfam Internationalという世界的な元締め(?)が存在し、各国にその現地の団体として「Oxfam. ~~」として組織が存在しています。なので、私が働いているのは「Oxfam GB」(GB=Great Britain=イギリス)。HPによれば、英国国内に700箇所近い店舗を持っているとか・・・本当か?そして私の働いているノーリッチのチャリティショップは、(スタッフさんによれば)全国で第3位の売上なんだそうです・・・本当か????
概観はこんな感じです。結構大きい!
ちなみに、日本にも「オックスファム・ジャパン」さんがあって、3月1日に常設店がオープンしたそうです。めでたい!ぜひ行ってみてください。http://oxfam.jp/2012/02/post_438.html
NGO(あるいはNPO)活動したことのある方には釈迦に説法で恐縮ですが(むしろ読み飛ばして!)、NGOの活動には二つの側面があります。一つは、支援活動(あるいはその団体がミッションとして掲げている活動)をするというアウトプットの面で、NGOは勿論その社会的使命のために存在しているのです。しかし、もう一つの側面として活動に必要となる資金を集めることも、NGOの生命線として非常に重要です。途上国の現場での支援活動はいわば花形ですが、その裏方としての先進国でのファンドレイジングをダサいとか地味だとか思って軽視しては絶対にいけませんぞ!!
* * * *
かなり前置きが長くなりましたが、そんなチャリティショップとは何をしているか。基本的にチャリティショップとは、「中古品をただで寄付してもらう」→「値段を付けて売る」ということをしています。で、その収益から運営コストを差し引いた利益は全て援助のための活動資金に充てられるということですね。
Oxfam shopでは、おもちゃ、本、服、ソファ、テレビゲームソフトに至るまで、どんな寄付でも基本的に受け取っています(たしか家電は受け付けないと言っていたかな?)。で、それを売れるもの、売れないものに仕分けし、値札を付けて店頭に並べます。
これは、寄付された品々が置かれている場所。結構、すさまじいですよね。
この「宝の山」と格闘するのが、私を含めたボランティアさんのお仕事です。
服やカーテンなら素材やブランドをチェックし、本なら今でも店頭に並んでいる最新のものか、そうでないかなどを一つ一つチェックして、きれいにして、値段を付けていきます。
で、ショップに並べるとこんな感じになります。ほんと、なんでもかんでも売ってる雑貨屋さんって感じで、ふらふら店内を見ているだけでも結構楽しいですよ^^
私はときどきレジ打ちもやっています。イギリスの£2とか20pとかのコインが
初めよくわからなかったのですが、今ではすっかり慣れました。中古品以外に、フェアトレードの食べ物や石けんなども取り扱っています。
私のお気に入りは、ブルキナファソ産のドライマンゴーです。程良い甘さで、癖になりますよ!(・・・歯に詰まるけど)
* * * *
チャリティショップの運営は、3つのタイプの人々の協力によって成り立っています。第一に寄付をしてくれる人、第二にそれを仕分けて売るボランティアさん、第三にそれを買ってくれるお客さん、です。
働いていて感じることは、当初思っていた以上に「寄付が多い」そして「客が多い」ということです。チャリティショップって、正直言って初めシャビ—なイメージがあったのですが、それは私の間違いでした。近所に住んでいる人々が、お家でいらなくなったものを「せっかく捨てるくらいなら・・・」といって持ち込んでくださる、いわゆる「Mottainai!」が驚くほど自然に定着しているんです。中にはガラクタやとても売れないものもありますが・・・こないだ、電話で「うちの車を寄付したい」という電話がかかってきたときはびっくりしました。一方で、お客さんも日々たくさん来ます。レジに列が出来ることもしばしばです。もちろん安くて良い品が揃っているからこそ足を運んでくださるのですが、「せっかく買うなら寄付になるところで」といって、わざわざフェアトレードのコーヒーやチョコを買いに来てくれるお客さんもいます。ちなみにOxfam Shopはイギリスの中古本市場において最大のプレーヤーなんだそうです。チャリティーパワー、恐るべし!!
スタッフさんに関して言えば、全員に会ったことはありませんが、恐らく40人近いボランティアさんが活動しているのでは無いかと思います(有給スタッフは恐らく3名)。定年退職後のおじいちゃん・おばあちゃんが多いですが、快活でエネルギッシュな方ばかりで、若者の私がいつも刺激を受けてます笑。ちょっとした老人会みたいになっていますが、それも地元のコミュニティとしてうまく機能しているんだな、という印象を受けています。
* * * *
ノーリッチにお住まいの皆さん、お近くに来た際にはぜひお立ち寄りください☆ノーリッチのOxfam Shopは3箇所もあるそうなんですが、私が働いているのは一番大きいMagdalen Streetという通りにあるお店です。大聖堂から歩いて5分くらいのところです。
Oxfam Shop 8/10 Magdalen Street Norwich NR3 1HU
それから、もし「チャリティショップでボランティアをしてみたい」という方がいれば、ご紹介できますので、ご連絡ください☆
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
次回は、元銀行員らしく、そんなOxfam GBの財務分析にチャレンジしようと思います!
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