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Wednesday, 8 August 2012

月の兎

満月の夜。

大学のキャンパスを歩いていると。。。
月光の下で不気味に動く怪しい影たち・・・・・


見えますか・・・?写真の下のあたりです。
月を見上げているあのシルエットは・・・。



うさぎだ!



「ふっふっふっ・・・見たな。。。」
と言わんばかりの怖い写真ですが、
写真だと目が光っちゃうだけなんです、
彼らが悪いんじゃありません。

ちなみに昼の姿は、超キュート


・・・とはいっても、
大学のキャンパス内には、うさぎがうじゃうじゃいて、
もはや何の有り難みも感じないのですが、
この日の夜、こんなに興奮したのは、もちろん、

月といえばうさぎ、うさぎといえば月。

だからですよね^^

子供の頃にうさぎが月に住んでいるという話を聞いたことのある人は多いはず。
(かなり古いネタですが、セーラームーンのヒロインも月野うさぎ!)

でも、なんでそもそも月にうさぎが住んでいるのか?
これって常識なんでしょうか?というわけで、調べてみたところ、
自分にとって新しい発見だったので、書き留めておきます。

いつもの便利なWikipediaさんによれば、「月の兎」の物語は、
仏教の「ジャータカ(本生譚:ほんしょうたん)」という
経典に収められている話から由来しているそうで、
日本の平安時代に成立した『今昔物語集』にも登場します。
あらすじはこんなかんじ。

---★---★---★---★----★---★---★---★----
在る処に、菩薩の道を志す狐、猿、兎がいました。
3匹は力尽きて倒れている老人に出逢い、彼を助けようとしました。
猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人にあげましたが、
兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができませんでした。
自分の非力さを嘆いた兎は、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、
自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込みました。
甚く感動した老人は、(お決まりの展開ですが)神様としての正体を現し、
兎の捨て身の行いを後世まで広く伝えるため、兎を月へと昇らせました。
月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、
兎が自らの身を焼いた際の煙なのだとか。

---★---★---★---★---★---★---★---★----

ま、まさに「捨て身の慈悲行」・・・。
そこまでやるか、兎さん、という感じですね。
そんなに偉い兎さんとは知らず、月で呑気に餅を突いていて羨ましいなぁと
今まで勘違いしていてごめんなさい。

そういえば、これまた仏教のジャータカ物語の中で、
お釈迦様の前世であるサッタ王子というお方が、
飢え死にしそうな虎親子を憐れみ、崖の上からその身を投げて食べさせたという
「捨身飼虎(しゃしんしこ)」という伝承があるのを思い出しました。
兎さんと、サッタ王子の物語が教えているところは同じなんでしょう。

それにしても、
仏教の「慈悲」の精神って、
半端ないなぁ・・・と、唸ってしまった。

 * * * * *


翌日、クラスメイト(フィンランド人)に
「日本では、月に兎が住んでいると思っているんだよー」という話をしたら、
「私の国では、昔から月はチーズだと言っているよ」と話していた。
たしかに、表面のクレーターがぼこぼこしていて、
チーズを想起させると言われればそんな気がしなくも無いが・・・
偉大なる東洋の想像力よ!!と、思わず誇らしくなった(笑)

ちなみに、大学内のお土産屋さんで、
ティディベアならぬUEAバニーが売っています。
自分へのお土産に、1匹買いました。
(慈悲の心を、忘れないために・・・?)



ノーリッチでの生活も、残り17日となりました。



Friday, 20 July 2012

わ〜りたぽ〜り のんびり小浜島に行ってきました。

お久しぶりのブログです。突然ですが、沖縄の離島に行ってきました。



え?イギリスにいるんじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが・・・。
イギリスでは、沖縄が密かなブームになっていて、直行便が出ている程なんですよ!

・・・・というのは、です。ごめんなさい。

実は、6月中旬〜7月上旬に日本に一時帰国をしていました。
少しバタバタしていたのであまり多くの方に連絡できませんでしたが、
(そのためブログもお休みしていました)
夫がわざわざ休暇を取ってくれたので、どこか旅行に行くことにしました。

自分は4回目の沖縄とあって、今回はちょっとマニアックなところに行ってみたい!
という私のわがままで石垣島を初めとする八重山諸島の真ん中に浮かぶ「小浜島」へ。
(沖縄が初めてなのに快く承諾してくれた夫さん、ありがとう!)

わーりたぽーり」は小浜島の言葉で「ようこそいらっしゃいませ」。
沖縄本島での「めんそ〜れ」(うん、これは知ってる!)、
石垣島では「おーりとーり」というのだそうです。
同じ沖縄でも、沖縄本島〜石垣では東京〜大阪間くらい離れているそうで、
「沖縄」といってひとくくりにはできないのですね。。。

羽田〜那覇〜石垣と飛行機を乗り継ぎ、そこからさらにフェリーで小浜島へ。
名前の通りこぢんまりとした島に3泊4日という驚異的なのんびりスケジュールで滞在!
ここ何年かで最もホリデーらしいホリデーを過ごしてきたという感じですが、
改めて自然との触れあう時間を大切にしたいなぁ〜と感じた旅でもありました。

*  *  *  *  *

一日の始まりは、少し早起きして、ビーチでコーヒーを飲みながら
海を眺める「朝焼けカフェ」。
太陽が昇ると共に、海がだんだんとエメラルドグリーンに変化していく。
それをただぼけーーーーっと眺める(&うたた寝する)なんとも贅沢な時間。



日中はレンタカー・自転車を借りて、島内を散策。

島の西側に位置する海人(=漁師)村にやってきた。
ここからは西表島が目と鼻の先。
西表島と小浜島の間には、ヨナラ水道と呼ばれるマンタの通り道があって、
ダイビングのスポットらしい。
(私はダイビングは出来ないけど、いつかマンタとは泳いでみたい・・・。)
遠目に見ても、その水道と思われる場所はきれいなマリンブルーをしていた。
(写真だと解りづらいけど・・・)



沖縄に来たんだから!ということで、やっぱりはずせないシュノーケリング。
波が若干高くて大変だったけど、1時間くらい十分に楽しめた。
1時間、ひたすら珊瑚やそのまわりの熱帯魚を観察するというのも
日常生活ではまずない時間。
最期にクマノミを発見できたときは、無邪気に喜んでしまった。


極めつけは、星空観察。
快晴とはいえる天気ではなかったので、雲の切れ間に現れては消える星々を探す。。。
この時は、春の星座から夏の星座に移り変わるタイミング。
まずは春の星座を探して夜空を見上げ(春の大曲線!というのがあるのを初めて知った)、
観察を終える頃に「夏の大三角形」がかすかに現れ始めた。織姫&彦星だ。
帰り道では足下で蛍が光り、暗闇に大きなこうもりが飛ぶ。
そして、蚊に刺されまくった(特に主人が)。

星空観察、意外にはまった!日本に帰ったら、プラネタリウムに行きたいな。
そしていつか、本格的な星空観察にニュージーランドとかハワイに出かけてみたいと、
人生で初めて思った。



(星空の写真は無いけど、夜のホテル内の景色も幻想的)

*  *  *  *  *


真剣になってサンゴや星座を探したそれ自体も楽しかったけど、
そもそもゆ〜〜っくりと海の色や星空を見たのなど、何年ぶりだろうかな?

東京ではそもそも星空が綺麗に見えないから、きっと見る気も起きないのだが、
ときには空を見上げる心のゆとりを持てる人生を送れたらなぁと思う。
(私の地元の茨城は、冬はよく見えますよー)
魚を探したり、星を探したり、無邪気に子どもようなことをしていると、
普段の日常のめんどくさいことが一瞬でも頭から吹き飛んで、スッキリした気持ちになる。

星の数を数えても、たくさんの魚を見つけても、なんの役にも立たない。
それでも、無心に何かをするという行為、
他にも、絵を描くとか、ピアノを弾くとか、スポーツ、でも良いかもしれないけど、
「自分の心を洗浄する」時間を大切していきたいなぁ。


私たちが小浜島を出る1日前に、南からの強い風が吹き始めた。
この風は「かーちばい(夏至南風)」と呼ばれる季節風で、
梅雨明けを知らせる風なんだそうだ。
今年も暑い夏が八重山にやって来ていることだろう。



*  *  *  *  *

今回は、まさに「沖縄時間」に癒やされた旅でした。

また行きたいな、離島の旅。
そして、いつも心に微かでもゆとりを持って生きていたいものですね。

なんだか、観光自慢みたいなブログになってしまいましたが、
こないだ小浜島に住む人が書いているブログを読んでいて、
八重山にとってはやはり観光が命!と仰っていたので、
微力ながらアピールさせていただきました!

皆さん、沖縄にお越しの際は、ぜひ離島まで足を伸ばしてみては?!
話の都合上全く書きませんでしたが、沖縄料理もとっても美味しかったですよ!

(写真は定番の沖縄ソバにグルクン唐揚げ、そしてオリオンビール!)



今回も最期まで読んでいただき、ありがとうございました。

Saturday, 12 May 2012

「親思う心に勝る親心」ー母の日に寄せて

本日のノーリッチはまあまあの晴天。
日差しに誘われて、キャンパス内の湖の周りへ散歩に行ってみました。
空気がひんやりと冷たかったけれど、野花が咲き乱れ、鳥のさえずりが心地良い〜



最近、ウサギの親子をキャンパス内で見かけます。
初々しい?鳥のカップルも寄り添って飛んでいます。
春は、新しい家族の季節なんだなぁと、イギリスの田舎で実感。



さて、「家族」と言えば、日本では明日は「母の日」ですね。
ということで、親への感謝の気持ちを表す言葉を探してみました。


「親思う心に勝る親心」


これは、吉田松陰の辞世の句である
「親思ふ心にまさる親心けふの音づれなんときくらん」から。
江戸で罪人として処刑の決まった吉田松陰が田舎の両親に宛てた手紙で詠んだ句とのこと。
「世話になった両親が、自分の処刑の知らせを聞いてどんな気持ちになるだろうか」
・・・という意味なんだそうです。なんか哀しい歌だなぁ。


親の子に対する愛の深さを表現した言葉だけど、
これを子が親に対して詠んでいるところが、またなんというか、
返したくても返しきれない親の恩の深さに対する畏敬の念みたいなものを感じます。


大人になると、若い頃にはあまり感じなかった親への感謝の気持ちというものが、
親の愛を受けて育った人の多くの心に、自然に芽生えるものだと思います。
子どもの頃は、親が自分を守って育ててくれることは当たり前だと思っていたのが、
自分が大人になってみると、誰かを守るってどんなに大変かと言うことに
気付かされるからかもしれないですね。
(勿論、複雑な家庭内環境や家庭内暴力、育児放棄など
個々の家庭にはそれぞれの問題がありますので、一般化はできませんが・・・。)


私の場合、少しオーバーな表現だけど、その絶対的な「無償の愛」の前で、
自分の無力感、みたいなものを覚えることすらあります。
「あー・・・この恩は、一生かけても返せないな・・・」という、まさに完敗!という気持ち。
仏教では、「父母の恩の重きこと、天に極まり無きが如し」とさえ言うんだそうです。

しかし、もらいっぱなしってなんだか気持ち悪いですよね。
人に何か良いことをしてもらったら、何かお返しをしたいと思うのが
モラルある人間の行動ですが、
どんなに返したくても返しきれない恩、こいつはいったいどうしたものか。


・・・私は、別の誰かに与えていく、ということしか思いつきません。
しかし、「返す」とは、「何かをもらった相手に戻す」という意味ですから、
そもそも、「別の誰かに」という時点で、これは厳密には「返した」ことにならないわけで、
そう考えると、やっぱり、「返せない」んでしょうね。親の愛って。

もちろん、老後の介護はしっかりとやりたいと思っていますので、
まったく恩を返せないわけでは無いかもしれませんが、
むしろ、この親から受けた愛に対しては、
それと同じくらいかそれ以上の愛を次の世代に与えていくべきなんでしょう。
まさに、親の愛とは、生命の営みが成せる驚異であり、
上の世代から下の世代へと延々と流れていく大いなる河のようなものだと思います。

だから、親のことを考えると、やっぱり子どもを産みたい!という考えになります。
偉大な愛の流れを私のところで堰き止めてしまいたくないからです。


一方で、自分の子どもだけにこだわるのではなくて、
より広い社会や人類の発展に貢献していくことも、
親から受けた恩に対する一つの応えにもなりうると思います。
吉田松陰は、29歳で処刑されてしまい、親より先に逝ってしまったという意味では
親不孝者かもしれませんが、彼の強い意志が、その後日本の歴史を変えていった
ことを思えば、彼の成したことも偉大なことだと思います。


ただ、自分がもし彼の母親だったら、どう思ったかな。
日本のために命を捧げた偉大な息子と思うか、
ごく一般的な人間であって良いから、生きていて欲しかった、と思うのか。


しかし、内心で自分がどう思うと、賛成しようと無かろうと、
子どもにどう生きるかという選択の自由を与え、受け止め、無条件にサポートする、
これもまた、驚くべき親の愛の成せるワザだと思っています。
これはかなり上級技だと思うので、全ての人が出来ることでは無いかもしれません。


個人的な話になりますが、私の両親は、そんな両親です。
母親は「私はこう思うけど、最後はあなたの好きなようにしなさい」とよく言ってくれます。
父親は、母親よりは少し心配性だけど、いつでも優しくサポートしてくれます。
(まぁ、さすがに私が処刑されちゃったらイヤだと思いますが・・・)
私は、そんな親の教育方針に非常に感謝しています。
現在も、親のサポートなくしては、留学を実現できるはず無かったし、
留学前のいきなりの結婚だって、びっくりしながらも温かく応援してくれました。
父親、母親の寛大さ、偉大さ、尊さにただただ頭を下げるばかりです。

普段は陰ながら応援し、困ったときは手をさしのべてくれる両親。
私もそんな母親になりたいものです。

お母さん、お父さん、本当にありがとう♡
いつまでも元気でいてね!

Thursday, 29 March 2012

「瓜二つ」を探せ!—インパクト評価とは2(開発学:其の四)

・・・さて、インパクト評価についての続編です。
前回をご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、
どうぞそちらを先にお読みいただければと思います。

毎朝5km走るという行為が私に与えるダイエット効果について
どうやってそれを検証するか、という話だったと思います。

インパクト評価は、ここで薬学の世界の考え方を応用します。
どこからから(←実はここが問題です)私のそっくりさんを見つけてきて、
私と全く同じ生活をさせます。但し、朝のマラソンを除いて。

つまり、完全理想的なモデルとしては、こういうことです。
彼女と私は同じ年齢で、同じ身長、同じ体重、同じ新陳代謝。
私と同じ数の階段を上がり、同じ量の論文を読み、
私と同じように暴飲暴食していただきます。
ただし、私だけが早起きをして、毎朝5km走らなければなりません。

その6ヶ月後に、二人にどのような違いが起こっているかを調べるのです。

非常に恐ろしい表現なので、教科書には決して書かれませんが、
まさに、実験室のマウスと同じ考え方ですね。ふふふ。
全く同じ環境で育てられたマウス2匹。
その1匹にだけ、特別な化学物質を投与し、どのような変化が起こるかを検証する。。。

それを現実の世界で行うというのが、インパクト評価の考え方です。

でも、もちろんこれには明らかに倫理的な問題があります。
実際に、私のそっくりさんを「強制的に」私と同じ生活を送らせるというわけには
今日の人権尊重論から許されるはずもありません。

というわけで、
どうやってそっくりさんを見つけるか
が、インパクト評価の鍵になります。
ちなみに、この「瓜二つ」(今回も苦しい理由付け)のそっくりさんのことを
「Comparison Group」とか「Control group」といって
私本人のことを「Treatment group」と呼びます。

Groupというには複数人の集団と言うことになります。
実際に5kmのマラソンが全人類のダイエット効果があるかどうかは、
もっともっとたくさんの人で試してみないと解りません。
これは、朝マラソンが私に減量効果を引き起こしたという因果関係
(=Causality, Interbal validity)とは別に
それがどれだけ一般化できるか( = Genaralisation, External validity)という問題が
あるからです。
だから、大抵の場合は1人を調べるのでは無くて、
たくさんの人の変化を調べてその平均を「プロジェクトの効果」と考えます。

このTreatmentという呼び方に、抵抗を覚える方もいるそうですが、
薬学実験から来ている考え方とすれば、まあ仕方ないかなと私は思っています。

この「そっくりさん」の見つけるには、統計学・計量経済学の手法を使います。
一番良いと言われているのは「ランダム化」という手法で
同じ母集団から無作為にTreatment groupとControl groupに参加者を割り当てる
というやり方です。
また、そっくりさんを見つけるのでは無く、
重回帰分析や交差項・道具的変数を利用した回帰分析の方法で、
プロジェクトの成果を計算する手法もあります。

でも、これ以上書くと読んでいて頭が痛くなるので、省略します。
興味のある方がいれば、もちろん喜んでお話しします^^



●インパクト評価の問題点

ここまでインパクト評価の基本的な考え方について説明してきました。
コンセプトとしては難しくないし、
なによりプロジェクトの効果を精緻に研究しよう!というと
非常に聞こえが良いので、誰も反対しないのでは?と思うかもしれません。

でも、いくつか問題点があると思っています。

1.お金がかかる
すでに説明したように、研究の成果を一般化するには、
たくさんの実験サンプルが必要になります。
一般的な量的インパクト評価では、このサンプル数が50より小さいと
あまり相手にされないように思います。
ということになると、色々な人に協力してもらわなければならないので、
当然お金もかかります。

また、ダイエットが終わってから評価するのでは無くて、
ダイエットを始める前からそっくりさんを見つけておかなければならないので、
相当な「仕込み」も必要になります。


全く根拠の無い憶測ですが、最近世界銀行なんかがやっている評価プロジェクトは
数百万円はくだらないのではないでしょうか。
もちろん、超一流のエコノミストを雇っているので、人件費もかかります。


その評価にかかるコストって、誰が負担するのでしょうか?
評価にかかるお金で救えるかもしれないの命よりも、
その研究が人類の発展にとって重要と言えるのでしょうか?



2.すべてのプロジェクトを評価できるわけでは無い
インパクト評価の考え方は、すべての開発援助プロジェクトの評価に
通用するわけではありません。

例えば、緊急援助。大地震が起こった国に対して援助をする際、
「援助をしなかったらどうなるか」を調べるために、
ある地域にだけ支援物資を送り、ある地域には支援をせず、
生存者の違いを調べる・・・・なんてこと、できるわけありません!

上記の例は、開発援助というよりは緊急人道支援に関するものですが、
他にも、国家全体のマクロ経済政策などを評価するには向いていません。
一方で、特定の地域にターゲットを絞った保健プロジェクトや、教育プロジェクト、
貧困削減プロジェクトの評価には、一定の成果が上がっているようです。



3.プロジェクトのための評価?評価のためのプロジェクト?
新薬の開発では、実験はあくまで実用化が目的であり、
その効果を精緻に測定することが最重要な課題となります。

一方で、開発援助プロジェクトは、ぶっつけ本番、ってことがたくさんあります。
そいういったときに、評価のためにあれこれと仕込みをしたり、
膨大な費用をかけたりするのは、そのプロジェクトに参加する人にとって、
本当に良いことなのでしょうか。

もちろん、開発プロジェクトにも「パイロットプロジェクト」的なものはあり、
ある特定の地域で試行的に実施してみて、うまくいけばそれをもっと広い地域に展開する、
良い成果が得られなければ、内容を修正する、といったことがあります。


でも、パイロットプロジェクトにしても、
そこに参加している人はまさに実社会に生きている人々であり、
実験室のマウスではありません。
仮にそのプロジェクトがかなり悪い結果をもたらしたりした場合、
彼らに対してどのような償いをすれば良いのでしょうか?

インパクト評価は、常にこうした倫理的な問題を考えなければ行けません。
まさに人体実験や、クローン実験と同じような問題を潜在的に持っているのです。

4.近視眼的になりがち
ある世界銀行の人が発表した論文で、学校の先生の欠勤率を減らすために、
「毎朝学校に来たら先生の顔写真を撮らせ出勤の証拠にする、欠勤が多い場合は減給する」
という実験を行った結果、ものすごい良い効果があった!というものがありました。

確かに、それによって先生の出席率はあがるかもしれません。
でも、あからさまに「あなたのことを信用していません」と言われているようで、
先生にとって決して気持ちの良い職場環境じゃないですよね。
そんな束縛感と強制感の元で、生徒に良い授業が出来るでしょうか?

そもそもは、先生の出席率をあげることが目的では無く、
生徒がよりよく勉強できる環境を作ることがゴールなのでは無いでしょうか・・・。

また、ある援助を実施して、その効果が出てくるのには、
ある程度の長い時間がかかる場合もあると思います。
それでも、最近は早く論文を書くため、早く成果を報告するために、
プロジェクト実施から評価までのタイミングが非常に短くなっているという問題も
あります。

例えばマイクロファイナンス(貧困層、特に女性にビジネスのための小口融資をすること)の
有効性について、最近アカデミック的に大きな議論になっており、
多くの研究論文が発表されています。
それらの多くは、マイクロファイナンス融資開始後、1〜2年後の
利用者の生活の変化に注目したものがほとんどです。

しかし、融資をしてから、ビジネスが成功し、収入が向上し、女性の社会的地位が向上し、
子どもの栄養状態が改善し、学校にきちんといけるようになるまでにどれだけの時間が
かかるでしょうか?

ビジネスの世界では、創業して最初3〜4年赤字は当たり前なんて議論も
よく聞きますよね。
1〜2年での変化が重要ではないとは言いませんが、
もっと長期的な視点で援助の有効性を考えるという観点が
最近の評価業界の潮流では、薄れているように感じています。




* * * *


というわけで、インパクト評価についてがーーーーっと書いてきました。
まだまだ書きたい内容はたくさんありますが、今日はこの辺で。
一部、難しい内容や英語が多くなってしまいすみません。

かなり長い内容になってしまいましたが、
最後までお読みいただき、ありがとうございました。





論より証拠?—インパクト評価とは1(開発学:其の参)

いよいよ大学院での勉強も最終局面に。
明日は春学期最後の授業。そして残るエッセイは二つ。


そんなところで、やっと私がこ8ヶ月あまり勉強してきたテーマについて
書きたいと思います。(今日はなぜか敬体文で書きます)


すなわち、開発業界における「Impact Evaluation」についてです。
●「Evidence Based Policy」 に対する要求の高まり


前の回で、最近の開発業界で「Evidence Based Policy」(根拠に基づいた政策)に
対する要求が高まっていると書きました。


平たく言うと、これまでの援助業界では、
あるときは援助する側(特に西洋)の価値観の押しつけであったり、
あるときは熱意やプロセス重視の姿勢が強かったりして(結果より気持ちが大事!みたいな)、
その援助プロジェクトがどれだけ有効性があったかということが
あまり精緻に評価されてこなかったのでは無いかという反省があるそうです。


ちなみに、JICAの英国事務所長が講演で仰っていましたが、
こうした批判は、欧米の開発関係者の中で特に強いそうなのですが、
これは、これまで彼らが莫大な金額の援助をしてきたアフリカ諸国で
なかなか思ったような成果が生まれないということに対する疑問から生まれたそうです。


それで、もっとプロジェクトの有効性を客観的に評価する手法について
もっと考えようという議論が高まってきたのです。
まさに「論より証拠」、あれこれと論理や理屈や「べき」論を述べるより、
本当にその援助が効果があるのか、証拠を出そうじゃないかということです。
(無理矢理ことわざと結びつけたな・・・感が否めないこの回)


そして、その証拠に基づいて、より効果的な政策を立案しよう、となるわけですね〜。
なんだか当たり前じゃないの?と思う人も多いでしょうが、
援助業界でこういった話題が高まってきたのは、2000年以降だそうですよ。


● Impact Evaluation インパクト評価とは
さて、で、本題の「インパクト評価」です。


これまでの説明で、だいたいの人は
「プロジェクトの効果(インパクト)を評価するんだな」ということは
お察しがつくと思いますが、
大事なポイントは、それはこれまでの評価と何が違うのか、ということです。


当然ですが、今までも「プロジェクトの評価」というのは行われてきました。
しかしそれは、「プロジェクトが最初に設定した目標に対してどれだけ達成できたか」を
評価するものでした。(これを事業評価Operational Evaluationと言います)


それに対して、ここがミソなのですが、
インパクト評価は
このプログラムが無かったら何が起こっていたかということを想像し
「プログラムの起こった状態(事実)」と「起こっていない状態(反事実)」を比較して、
プログラムの有効性を考えるという点で、前者と決定的に異なります。


例を挙げましょう。
私がダイエットをしようと決心しました。目標は現状の—5kg。
それで、毎朝5km走ることにしました。
それを6ヶ月繰り返し、結果、なんと、—7kgの減量に成功したとします。
これを「事業評価的に」単純に評価するとすれば、
目標−5kgに対して結果が−7kgですから、当初の目標よりさらに2kgの減量に成功、
朝のマラソンは効果大!ということになりますね。


でも、この成果をすべて朝の5kmのおかげだと言えるでしょうか??


答えは恐らくNOです。
もちろん、 毎朝5kmの効果は多少あったでしょう。そう思いたいです。
しかし、他にも体重を減らす要因があったかもしれません。
例えば、減量を意識している私は、食事制限をしたり、
普段の生活の中でエレベーターより階段を使おうとしたり、
その他の減量活動を行っている可能性があるからです。
あるいは、勉強によるストレスでやせ衰えたのかもしれません(これは可能性大です)。
だとすれば、マラソン効果を−7kgとするのは、効果を過大評価していることになります。


一方で、実は朝の5kmは本当はもっと効果があったのかもしれません。
私はイギリスに来て、脂っこいフィッシュアンドチップスや安いビールを飲んでいて、
クリスマス、お正月とたらふく食べ、逆に太る要因があったのかもしれません。
にも関わらず7kgの減量に成功したとすれば、その暴飲暴食が無ければ
10kgくらいやせていたかもしれません!
だとすれば、マラソン効果−7kgというのは、効果を過小評価していることになりますね。


・・・ということを考えると、
純粋にダイエットプロジェクトの効果だけをに抽出するのは、決行至難の業です。


先程説明したインパクト評価の考え方では
「朝の5kmがなければ、私の体重はどうなっていたんだろう?(反事実)」を考え、
「毎朝走った私」と「走らなかった私」を比較する、ということになります。
でも、、、、現実には「走った私」しか存在しません。


あなたなら、どうやってこの問題を解きますか?


・・・ここから先、まだまだ長くなりそうなので、
続きは次の回で書きます。





Sunday, 11 March 2012

明日ありと思う心の仇桜



3月11日—東日本大震災から1年を迎える今日は、日本各地で様々な追悼行事が執り行われたことだろう。ニューヨークやロンドンでも、写真展等のイベントが開かれているいう話も聞く。でも、ここノーリッチ(「イギリスの片田舎」と言ったら地元の人に怒られるかもしれないが・・・)では、日本人以外の人があまり心に留めるような日ではないかもしれない。今日ノーリッチは春を感じるとてものどかな一日で、多くの人がキャンパス内の近くの湖で日光浴を楽しんでいた。

イギリスの生活はとても楽しく充実しているけれど、「ここにいる」ということは「他の場所にいない」ということでもある。海外留学をしている中で残念だと思うことの一つは、今年の春は日本の桜を見ることが出来ないこと。というわけで、今回は桜にまつわる日本の諺を探してみようと思ってあれこれ検索。そこで気付かされるのは、桜は紛れもなく日本人が最も愛する花の一つであるにもかかわらず、それにまつわる和歌や諺は、桜の花と人生の儚さを重ね合わせた切ない歌ばかり。今日の一句もその一つ。

「明日ありと思う心の仇桜」

この歌は浄土真宗の開祖として知られる親鸞聖人が九歳に得度(とくど-僧侶になること)をするときに読んだ歌と云われている。さらに、この歌には下の句があって

「夜半に嵐の吹かぬものとは」

と続く。

この世は無常であり、今を盛りと咲いている桜の花が、夜中の嵐で散ってしまうかもしれない。それと同様に、自分の命もいつ消えてなくなるかわからない。

と歌い、すぐに得度の儀式を執り行って欲しいと青蓮院の慈円和尚に懇願したのだそうだ。仇桜(あだざくら)とは「人の期待を裏切って散ってしまう桜」のことだそうな。


3月11日という今日、この言葉の重みがずしりとのしかかってくる。現代風にいうと「今日が人生最後の日だと思って、一日一日を一生懸命生きよう」ということになるのだろうが、毎日繰り返される平凡な生活の中で、そのことを常に考えて生きている人はあまり多くないだろう。

でも、一年前の今日、2万人を超える人々に「そのとき」は突如としてやってきたのだ。

一年前のことを思い出すと、今でも色々な思いがこみ上げてきて、うまく言葉にならないという人が多いと思う。自分は誠に幸いにして近しい人を亡くしたり、大きな被害を受けることが無かったが、そんな私でも、自分にとって家族がいかに大切な存在か、また自分の人生についてこれからどうするべきか等々、色々な思いが心にこみ上げてきたものだ。

陳腐な言葉ではあるけれど、改めて震災でお亡くなりになった方のご冥福を心からお祈りしたい。

そして、今日自分がこうして生きていることの喜びとその意味を噛み締めなければと思う。迷いやストレスや悩み事は毎日尽きないけれど、自分がこの世界に生を受けてここまで生きてきたという奇跡への感謝を忘れずに、これからの人生を生きていけたらと思う。


話は少し戻って、日本人の桜への愛について。最初に桜にまつわる言葉は切ないものばかりと書いたが、それは日本人が桜の花の儚さに「美」を感じているからだろう。どの小学校にもある桜の木。夏になると毛虫がついて木の下を歩くのがイヤで仕方が無い。秋には落葉掃除が面倒だし、冬はなんの見映えもしない不格好な姿。幹もごつごつしていて木登りしづらい。・・・その桜の木がピンク色に華やぐのは四月上旬の一週間だけ(in 関東)。でも、その「一瞬の美」のために、日本には何百万本(以上?)の桜の木が植えられていて、年中せっせと毛虫駆除や落ち葉掃除をしているのだ。それこそが、日本人の「美学」。


ところで、フランス・プロバンス地方発の人気化粧品ロクシタンに「イモーテル」というシリーズがある。イモーテルとは英語で「不朽」という意味で、なんでもその花は、「鮮やかな黄色い花びらを持ち、枯れてもその形や色を失うことが無い」という。アンチエイジングケア商品として人気が高い!・・・が、しかし、この「不朽花」日本の和歌に詠まれることはないだろうな。(こんな終わり方で良いのか?)


醍醐寺の桜
(フリー写真集のサイトより抜粋させていただきました http://sozai-free.com/read.html)